打ち合わせ

ソフトバンク クリエイティブさんと執筆関係の打ち合わせ。

打ち合わせっていうことそのものが随分ぶり。コンビニより遠くまで出かけるってのも随分ぶり。打ち合わせに使ったガストなんて,もう5年ぶりとか,それくらい久しぶり。

時間枠が決まっていない打ち合わせになると,私は本当に長いです。6時間くらいお話ししてました。途中で喉が枯れるくらい喋ります。園田はおしゃべりがだいすk(ry

打ち合わせとか,ひょっとしたら会議なんかでもメモを取るという習慣がありません。学生時代の授業でもそう。ノートをとりません。ミーティングでも授業でも鉛筆を走らせたものが勝ちとか思われがちだけど,人の話を聞く時は,それを書き起こすことに夢中になるよりも,相手の目を見ていたほうがいいです。相手の目を見ていたら話は真剣に聞けるものです。真剣に聞いていたら内容は忘れません。会合の間,ずっとノートに目を落としていて,それで全てを把握できている人がいるんだったら,そっちの方が感心します。

手を動かさないで話を聞いていると「メモも取らない」って怒り出す上司がいますけど,メモを取るということの本来の意味が「聞いた話を忘れない」だとしたら,覚えていられるならメモを取る必要もないわけです。手を動かすことで話を半分しか聞けなくなるなら,さらにそう。話を理解できないことの理由が「メモしていたから」になっちゃあ意味がない。だから「メモを取らない奴はやる気がない」って評価のしかたはどうなんでしょうね。理解しているかどうか信じられないなら,あとで質問でもして確かめてみたらいいじゃないですか。

人の記憶力こそ個人差が大きい世界で,自分がメモを取らないと覚えていられないからといって,人もそうだとは限らないわけですね。まして大人の会合で「はい,ここポイントですよ。試験に出ますよ」って相手が言ってくれるわけもなく。

よく企業の取材に出ていた頃,たいてい現場でカメラマン(多くは自分と同じフリーランス)と仲良くなって,取材のあとでお茶したりしてました。何人かの仲が良かったカメラマンに―もちろんお世辞半分であることは差し引いて考えましょう―「あなたのメモって簡潔で綺麗ですよね」っていわれました。カメラマンの人は取材中に先方のいい表情を撮るために,狭い会議室の中を右往左往しています。その時にライターを見ているわけです。一種の品定めですね。コイツ,どんな聞き出し方するんだろう,どんなメモの仕方するんだろうって。そういう人から見ても,園田のメモってのは簡素すぎるくらい簡素らしいです。

パニック障害になる前は年間50本くらい取材に出ていました。今はとてもじゃないけど勤まりません。残念なことです。人の話を聞いているって楽しいですからね。病気が治ったらまたやってみたいものです。

瞬間的な記憶力にはある程度自信があります。ただし取材で聞いてきたことを一度原稿に起こしてしまうと,途端に全部忘れます。それを数年間覚えているといったことはありません。試験勉強に近いんですね。答案提出までは覚えてる。だけど試験が終わったら綺麗サッパリ忘れます。

忘れるってのも大切なんですよ。脳みそは無限じゃないし。あとから使わないであろう情報なんか,さっさと消し去るべきです。消し去って空いたところに,また新しいことを入れる。

そんなことを偉そうに書いているけど,最近”一昨日の晩ご飯”ってのが思い出せなくなってきてますけどね。でも一昨日の巨人戦の結果だったら覚えてますよ(笑

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