OSを変えてみた

サーバがHDDからいっちゃったわけですから,OSから入れ直しです。

なんとなく以前からここを読んでいた皆さんならばご存知のとおり,我が家のサーバはずっとVine Linuxを使っていました。

VineはCD-ROM1枚焼いたらインストールできるし,日本語はそのままで普通に使えるし,検索かけても情報量も多いし,決して悪いディストリビューションじゃないんです。

でもあえて今回はVineを見限ってCentOS導入に走りました。いわゆるRed Hatクローンです。プログラム仕事のベースが,結局RHLなんですよね。場合によってはCentOSであることもあるわけで。

仕事部屋にはもう一台LinuxのLAN内サーバがあります。こちらはUbuntuです。完全なる趣味機です。メールや仕事のソースを管理してます。こいつが死んだら絶望です。

Linuxが使えるから偉いということでもないし,使えないからバカってことでもないけど,結局WebプログラムをしていてLinuxを避けて通ることはできません。

LinuxがWindowsに対してどういうアドバンスがあるのかといえば,少なくても私自身はアドバンテージだの優位性って感じないんですよね。たしかにCDも聴けるし,Officeアプリもあるし,動画も見れるし,どうにかすればテレビも見れるらしいですけど,必死になってそういう機能を探したり追加しなくちゃならないのなら,簡単にできるWindowsの方がいいわけですよ。

ちょっとした買い物にスクーターは便利です。フェラーリは要りませんと。だけどスクーターにもしクラッチとギアがついていて,複雑な操作が必要だとしたら,それはスクーター本来の開発意図とはずれちゃうと。だったらオートマチックのフェラーリでコンビニにおでん買いに行くほうが楽と感じるかもしれないわけです。

出てくる場所を間違った役者にならないことが大切なんでしょう。元々の存在理由が違うわけですから,他の畑でも使えるんだってことを自慢しあって優劣を決めようってのが無意味なんですよね。

その無意味な背比べを,数年前からTVコマーシャルで必死にやっていたのがAppleさんだったり。迷走感漂いすぎてます。

短所を改善するよりも,長所を伸ばしたほうがいいと思うわけです。何事においてもね。だからって人の短所と自分の長所を比較して無意味な安心感を得るのもどうかなとも思うわけです。

そしてそういうのを,意図せず作り上げた当人たちではなくて,友人知人だったりユーザだったりという周囲の人たちがやっていると。

優劣ですべてが決まるなら,ちょうど真ん中でぶったぎって,半分から下は「劣」ですから,どの世界でも半分はいらないってことになっちゃう。残ったものの中でまた下半分が要らなくなる。そしてまた残った中で・・とやってるとオンリーワンしか残らない。そうなったらなったで,選択肢がないことに文句を言うのも周囲の人たちなんです。

下半分があるからこその上半分なんです。
存在価値のないものなんか,世の中にはないのさ。