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Part1の男,昇格
よくよく園田をご存じの人であれば,園田が日経ソフトウエアに特集記事を書くときに,ほとんどの特集でPart1という導入部ばかりを書いていることに気がつくかもしれません。
そんな自分にPart4の執筆依頼がまわってまいりました。Part4ですよ,Part4。2とか3とかすっ飛ばしてPart4。応用部分じゃないですか。掲載は日経ソフトウエア2月号になります。
「園田が応用書けるんですか!?」みたいなね(笑
先日モニター前で夜食のカップラーメン食べながら(だから太るんだ),自分の名前で検索かけて,書評を綴ってくださっている方達のサイトを眺めていたんですが,ある拙著書籍について「園田というライターは”習うより慣れろ”で書いている」という評を見つけました。
だから良い悪いということではなく,素朴なご意見として拝見したわけですが,この方はよく読み取られているなという印象です。”習う”に重点を置くと,サンプルからはみ出していく応用力がつきません。”慣れる”というのはわからいことや詰まったときに動じない強さや応用力を持てます。
何かが起きる。
「よくあることだ」と思える人は冷静に対処ができる。
「マニュアルには載ってなかった」と思う人はパニックになる。
地震が多い地区の人は地震になれているから震度4では動じない。地震の少ないところに住む人は震度4はおおごとだと思う。この差は大きいです。
そして慣れと同時に”知識”も大切です。地震になったら何をするっていう予備知識があれば,たとえば机の下に隠れるし,コンロの火も消せます。ドアが歪んで開かなくなる前に開けに行くこともできます。慣れて動じないだけで初期対応を知識として持っていなければ,今度は油断しているだけの人になっちゃう。
園田という男は,なぜ火を消すのか,ドアを開けるのかについての理由をことこまかく説明したがります。こういうところが簡潔明瞭に書けない。リストだけでいいでしょってのができないんですね。それでついつい話が膨らむ。だけど膨らませたことで,話を印象的に覚えていてもらえるなら,とっさの時に思い出せるかなとも思う。
たまたま大きな地震の時にトイレに座っていたんだけど,トイレは面積あたりの柱が一番多くて地震に強い場所だったと後になって知ったとか。だけどこのまま流さないで逃げるのも,ちょっと失礼かなとか思ったりとか。ここで天井落ちてきて死んじゃったらパンツ下ろしたままでかっこわるいなあ,だけど拭かないとパンツはけないなあとか。
話が大きく逸脱している気がするけど,地震になったときにパンツ思い出してくれたら,トイレに逃げ込めるかもしんないわけです。逃げ込んだんであって,用を足していたわけではないから,これならもし大けがして救い出されてもパンツはいてるし恥ずかしくないぜ!みたいな。
暗記型で簡潔なリストにしていても,とっさの時には出てこないもんです。無駄に見えることが極限の状態だからこそ記憶として滲むんですね。それがくだらなきゃくだらないほど,追い込まれた状況なんだけど笑える。笑えるってのは大切なんですよ。笑顔があれば自分だけでなく周りも不安にならない。
与えられるマニュアルに沿っただけの教育に慣れきっていると,教科書の外に書かれていること―そりゃ書かれてないってことだろと―が想像できなくなります。思い出してもみてくださいよ。中学で学んだことで今になって思い出せるのは,教科書の文面よりも,先生の無駄に見えた話じゃないですか。無駄から学ぶことは多く,そして記憶に残るものです。
そういう物書きでいたいんですね。
異端で結構。
破綻してても結構。
残念ながら天才じゃないので,頂点からはものが言えない。
賞状とかもらえないタイプ。
1学期や2学期の学級委員じゃなくて3学期の学級委員。
ということで日経ソフトウエアのPart4書きます。
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