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芋づる

古い知り合いからmixiのマイミク・リクエストが届きました。

mixiは全然活用していないわけで,日記も面倒だから,このブログにリンクしている始末。さらにそのブログだって月1書くか書かないかという,執筆家にあるまじき筆無精っぷりを発揮しているわけですけども,まあいいじゃないか(なにが)

人というのはそれぞれにネットワークを持っています。今回のマイミクの申請もそうですが,ある人は別のある人と数年単位で連絡が続いている。こっちはこっちで,別の人と連絡が続いている。双方の知人同士も実は既知の間柄だったりするんだけど,何かのタイミングでリンクが切れているわけです。

真ん中に人が立つと,そのミッシング・リンクが突然再接続する。

インターネットのない時代だと,誰かの葬式(もはや結婚式という年ではない)でもなければ復帰しなかったであろう縁が,コミュニティ・サイトというものを媒介して再生するんですね。

「芋づる式」という単語が脳裏をかすめました。

誰か一人を見つけられれば,多分一緒に3人くらい見つけられる。言葉は悪いけど,芋づるなんですよ。

なんにせよ,伝手は多いに限る。

どんな形でも繋がってさえいれば,いずれくる自分の葬式の参列者も多少は増えましょう。

でもね,twitterとかmixiとか,やっぱり嫌いなのよね(笑

最近,突然,猛烈にtwitterでつぶやきだした知り合いがいます。全くソッポ向いていて「これどうやって使うんですか?何のメリットがあるんですか??」っていってた人がね。

その人が突然つぶやきの量を増やしたのを見て,twitterが来年には下火になっているであろうことを予見しました。このコミュニティの形は2年で破綻する。

mixiもセカンドライフも,どちらもまだ生き残ってはいるけれど,やはり一過性のブームだったんですよ。ネットの上で急激に膨れあがって,ある定型のスタイルを確立したものは,自らが作った形という枠に縛られだし,その窮屈さから閉塞感を生みます。一瞬の芋づる式の再会をする場所としてはいいんだけどね。

「twitterはいいよ!」みたいな本を書きたいなら,この夏までが限界です。ライターさんも編集さんも企画書はお早めに。

私?書きませんよ
日銭のために提灯書けって言われるなら別ですけど。
「じゃあアンチtwitterの本を」とか,そういうブームを逆手にとった企画もお断りします。だって数百ページにわたって理論武装で文字並べてもtwitterが嫌いな本当の理由にたどりつかないんだもの。「私はtwitterが嫌いです。好きだという人は”なうなう”言っててください」これだけです。

あえていうなら,純粋にWebテクノロジーのひとつして技術的にtwitterを見るという記事なら書きたいですね。骨の髄までプログラマだから。上物はどうであれ,ベースは今現在最先端のサービスであることはたしかなんですよ。

twitterもmixiも「何人と繋がっているのか」が参加者自身のステータスになっているようじゃ,どこかで言われているような”広範な情報源の確保”にはならないんですって。だからサルみたいに何百人とフォローしている人間からのフォローリクエストは蹴っ飛ばしてます。「コンサルティングのプロです」とかいうアホからのリクエストには笑わせていただきました。「メロンパンが大好きだ」っていう自分のつぶやきが,君のコンサルティングに何の情報として価値を発揮するのかとね。

「無駄な情報などない」と言われるかもしれないけれど,デマとガセと主観を何百何千と集めてきて選別するよりも,中立的な真実を3つ集めてきたほうが,ずっと情報価値は高いです。

私は数百人フォローして他人のつぶやきを追っている暇があるなら,Wikipedia見てるか,窓際で日光浴しながら小説でも読みます。最近,光合成足りない気がするんですよね。

芋づるで引っ張り出した旧友の小さな日記を見ているだけで私は満足です。

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