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打ち合わせ

ソフトバンク クリエイティブさんと執筆関係の打ち合わせ。

打ち合わせっていうことそのものが随分ぶり。コンビニより遠くまで出かけるってのも随分ぶり。打ち合わせに使ったガストなんて,もう5年ぶりとか,それくらい久しぶり。

時間枠が決まっていない打ち合わせになると,私は本当に長いです。6時間くらいお話ししてました。途中で喉が枯れるくらい喋ります。園田はおしゃべりがだいすk(ry

気が狂ったようにタイプをし

先週,今週あたりはライターになってからでも初めてじゃないかというくらいに執筆に没頭しているようです。気が狂ったみたいにタイプしています。

大丈夫,多分まだ正気。

仕事に没頭し出すと,このブログが頻繁に書かれるようになるというのは,昔から読んで下さっている皆さんはご存知の通り。なんだかね,手が止まらなくなるんですよね。

しかも,どういうわけか仕事をしているときの方が,いろんな事柄が気になってくる。ぼーーーーーーーーーーーーーーっとしているときはそうでもないのに,なんか無性に小さいことが気になってくるわけです。

全然関係ないけど,先日のauの発表に続いて,とうとうドコモまでが家族間通話を無料にするとかしないとか。使う側としてはありがたいことなんですけど,そんな競争やってて大丈夫なんだろうかと。むしろ一般通話を値下げして欲しいと思うんです。家族間無料になる損金ってのがあるわけでしょ。auは確か何億だか何十億っていっていたような。その分の減収と同額になるかもっていう額だけ一般通話から引きますよってところがあってもいいんじゃないかとね。

既に競争じゃないんです。やってることが「じゃあ俺も俺も」という追従。てことは現在のケータイ市場は完全にソフトバンクの一人舞台じゃないですか。不毛で無策。

ま,たしかに電話する相手もいないしさ。家族間通話がタダになったら,それで自分なんかは基本料以外払わなくてよくなるんだけどさ。

減収分をどこに乗せてくるつもりなのかなってうがった物の見方しちゃいますよね,これ。なんか考え方が政治に似てきてる。何でもかんでも安くすれば国民のためとか野党さんがいうんだけども,減った分をどこで補填する気なのかと。

税金なんて倍でもいいんですよ,老後にちゃんと生活させてくれるならね。高齢者なら病院はタダにしてくれるとかね。食べ物も支給があるとかさ。貯金しろったってできないんだから,ゆくゆくちゃんと返してくれる物なら強制的に徴収されるほうがずっといい。

あっちもこっちも目先で人気取りしたがる体質からとっとと脱却してくんないもんだろうかってね。不毛で無策よ。

独立行政法人国立国語研究所

昨日独立行政法人国立国語研究所というところから,何年か前に出したデジカメ本の中の記事を研究のために使いたいので著作権使用許可が欲しいという依頼がまいりました。

目的は現代の日本語文体の研究とのこと。

著作権ってどこにあるんだろう(をぃ)かと,よくわからなかったので版元の技術評論社に電話しようとしたんだけど,これがまた困ったことに数年間連絡を取っていない間に転居されていて,電話が繋がらない。

そこで技術評論社のサイトから会社案内を見たんだけど,これはこれで会社としての代表電話番号が書かれていない。

やむなくサイトに書かれていた広告担当かなにかの部署に電話をして,理由を話して書籍編集部の番号を教えていただくという。

何年ぶりに当時の担当の方とお話したんですけど,しっかり覚えていてくださいました。こういうのって嬉しいと思うのと同時に,さすがはプロだという感想も抱くんですよ。自分の担当したライターは,たとえ一冊しか出してなくても覚えてる。見事なプロだと思います。

著作権については,絶版にもなっていることですし,損害はないから,元々の著作権者である私の一存で問題ないとのことで。

もちろん絶版だからって著者でもない人が全文サイトに掲載したりすると訴えられますよ。そこは勘違いされませんように。

最近の書籍の傾向や景気についても少々伺ってみたりしつつ,またご縁があればということで通信終了です。ご縁はあるなしじゃなくて作らなくちゃなりませんけどね。もっとも今は書籍は2冊を抱えているので,ここで新しい書籍の話は難しく。

独立行政法人国立国語研究所さんについては,あえての拙著選択じゃなくて,無作為抽出でしょうから,取り立てて喜ぶほどのこともなく,まして研究素材でしかないわけでと。淡々と「了承します」というお返事をお送りしておきました。

いい機会だったので,件の書籍を斜め読みしてみました。今と比べると随分自由にのびのび書いていたなと思います。最近の自分の文章は窮屈でいけない。何かに怯えてるように萎縮しちゃってます。

元々,文章執筆のノウハウを学んできたわけでもなく独学で,いろいろと書いてきた内容も自得自習したものばかり,誰かの本や記事を底本にするということもせず,いつも身の丈で記事を書いていたんですね。底もない(自分が知っていることが底だから)けど天井もない(極めているわけではない)。だからのびのびと好きに書きつづっている。

10年もライターしているうちに,どこかで記事内容に保険をかけたり玉虫色にすることを覚えるわけです。図を出しておいて,説明ははしょるとか。そうすると,なんだか実は誰が書いた記事だとかどうでもいいんじゃないかっていう方向に進んでいるような気がします。個性がスポイルされていく。個性はプロフィールくらいにしか出なくなってね。

できるだけ正しいことを書きたいんだけども,正しければそれだけでいいんだろうかって考える。「あの人の本だからいい」「奴の本だからダメ」じゃなくて,「この本は正しい」「この記事は間違っている」とそれだけになっていくのかなと。

物を書けば欲が出るんです。自分が書いたんだぞって大きな声で言いたくなる。だけどそれを突き進めるとアクが強すぎて編集ウケしなくなる。もっとぐっと抑えてって言われちゃう。

何を目指していたのかが,すごくあやふやになっていくんです。そしてゴールが見えなくなるから迷う。迷うと書けなくなります。言いたいことはここにあるけど,それが文字になっていかないというジレンマにやられます。

ライターにもスランプはあります。内容に対してというよりも,思うことを形にする段階での迷いです。迷いがなければ,頭の中に沸いていることを雑誌の10ページ分書くのは4時間仕事です。プロットは既に頭にあって,それを追いながら日本語を”置いていく”だけですから。ところが迷ってると,これが最初の1行書くのに10日かかる。そして10日目にやっと書いた1行を翌日に消します。そしてまた10日。

昨年ストレスで顔の半分を麻痺させてから,どうにもスランプが続いていました。顔の麻痺が治ってからも,うまく字が置けない時には顔が引きつります。相当なプレッシャーの中で書いてるみたいです。

それがここ最近突然スポンと抜けて,いくらでも字が出てくるようになりました。ただ文体の個性のなさはね。デジカメ本読んだら落ち込みますね。つまんない物書きになっちゃったものだと。

無理に手足を伸ばしても,当時のような躍動感はでてきません。やはり抑えこみながら書くしかないようです。

これを悲しいとみるのか,プロらしくなったとみるのか。
ここは落ち込んでないで,気合いと根性と結果を見せろってとこですけどね。

つくづく孤独な仕事だな。

矢沢久雄先生と大村あつし先生に電話して泣き言言おうかな(結構本気の弱音)。

しまった,電話代がねぇや。

本日の執筆量

本日は日経ITproで明日だか今日だかから掲載開始になる記事の2回目の執筆をしておりました。

本日の執筆量は34,026バイト,400字詰め原稿用紙換算で100枚分程度ってところです。

「すげーーーーっ」とか言われることがあったりなかったりしますけどもさ,あーた,こんくらい書けなくて専業ライターが食っていけますかと。これで途中は警察署にいって免許更新もし,途中でダレてニコニコ動画でいさじ兄貴の新曲チェック(コラコラコラ)もしてますからして,ポテンシャルだけならこの1.5倍は書けるはずです。

自宅でのんびりできそうだしフリーライターになりたい?
10時間で30KB,それを3日続けて書いてから言いなさい。

それでもあなた,実に今月は家賃が払えないんじゃないかっていう極貧生活ですけどね。わははははははははははははは★

#1日にどれだけ書けるかと,毎日書くだけ仕事があるかは別の話なのさ

著者紹介

原稿を何千字書けと言われてもさほど困らないけど,プロフィールと著者紹介用の写真くださいと言われると,これだけは毎回悩むわけです。この年になって日常的に写真なんか撮らないんだもの。

しかたないのでいろいろ撮ってみたうちの1枚。
近影 2008/02/14近影 2008/02/14

神経質さ加減が思いっきり溢れてます。本人的には気に入っているけども,多分これじゃ著者紹介には使ってもらえません。

しかたないので子供に撮影してもらうことにします。

近影 2008/02/14 その2近影 2008/02/14 その2

結構ちゃんと撮れました。実際には結構なシャッター切ってるわけで,たいていの写真は真顔してなくて笑っちゃってるんですけどね。

近影 2008/02/14 その3近影 2008/02/14 その3

ほらね。

我ながらこの写真と1枚目の真顔のギャップがすごいなあと。神経質さなんか微塵もない。しかも笑顔が”おばあちゃん顔”。よく人に言われます。どうも元々が女顔らしいと。

ほとんどの著者紹介はこの手の笑ってるのを使ってきました。たまには真顔で写れよって感じです。だから今回は2枚目を編集部に送って,これを使って貰おうと。

え?普段ですか?

1枚目の顔して仕事してますよ。
いや,ほんとだって。

日経ソフトウエアの特集記事を書きつつ

このところ一ヶ月おきに日経ソフトウエアで特集記事を書かせてもらってます。この20日までに来月末発売号の記事を書かねばなりません。追い込みです。

ページの右上に唐突に体重グラフなぞ掲載することにしました。禁煙の次はダイエットです。

禁煙もダイエットも本人は困っていないというのがポイントです。じゃあ誰が「やめろ」「やせろ」と言っているかって,そりゃ嫁に決まっています。

ダイエットも禁煙も自分との戦いでもなんでもなくて,これは女房に対する,これまでの結婚生活中最大の静かなる戦いなんですね。どうせできるわけがないと思われていたことをクリアしてみせてやろうという,いわば精神戦です。

ちなみに最近は食後の皿洗いは全て自分がしています。実はそれまで自分のコーヒーカップだけがいつも流しにそのまま放置されてました。「自分で飲んだものくらいは自分で洗え」の意らしいです。ごもっとも。

そこで頭に来たこちらは”自分の食器だけ洗う”という行動に出だすわけです。不毛でしょ。

そんな不毛なことを続けてるうちに気がついたんですね。相手の食器を洗わないって決めて,横によけている時に気分が悪いんですよ。あとで見て自分の食器だけ残っているってのも腹が立つ。だけど相手のを残している時だって気分が悪い。相手の食器を洗わないっていう行動は,誰にとっても気分が悪いだけのことなんです。誰も楽しくない。

だから反対に相手のも全部洗うようにしたんです。そこにある家族みんなの食器を洗う。流しに誰の食器も残さない。自分のを洗うのに5分かかったとして,みんなのを洗ったからって何倍もの時間がかかるわけじゃないですよね。わずかな時間の追加で,誰も気分が悪くなくなる。

相手のためじゃなくて,自分のためなんです。結果的に相手も気分が悪くはなくなる。だけどそれは副次効果というものです。自分の気分が良くなるってことがとても大切。

つまり毎日皿を洗い,女房の嫌いなタバコをやめるのは,彼女に対する思いやりでも優しさでもなんでもなくて,自分に対するケアなんですよ。女房に文句を言われないようにしないと,その文句を子供達まで真似て父親を馬鹿にします。

もし父親が相撲取りだったら,旦那や父親に対して侮蔑を込めて「デブ」って言わないでしょ?相撲取りよりははるかにスマートで,身長比でみたら世間の平均程度の旦那に対して「デブ」という嫁と,それ聞いて父親はデブなんだと思う子供。さて,この子は大きくなったときに「デブ」の基準を正しく持てるんでしょうか?

おそらくダイエットがある程度の成果を見せると,次は多分,毎晩いびきがうるさいから布団を仕事部屋に移してくれと言われます。そうすれば寝室が広くなって助かるとか言い出すでしょう。

文句を言い続けるのが彼女の仕事みたいなものです。
文句を言い続けられて,もう25年になるんだね。

Part1の男,昇格

よくよく園田をご存じの人であれば,園田が日経ソフトウエアに特集記事を書くときに,ほとんどの特集でPart1という導入部ばかりを書いていることに気がつくかもしれません。

そんな自分にPart4の執筆依頼がまわってまいりました。Part4ですよ,Part4。2とか3とかすっ飛ばしてPart4。応用部分じゃないですか。掲載は日経ソフトウエア2月号になります。

「園田が応用書けるんですか!?」みたいなね(笑

先日モニター前で夜食のカップラーメン食べながら(だから太るんだ),自分の名前で検索かけて,書評を綴ってくださっている方達のサイトを眺めていたんですが,ある拙著書籍について「園田というライターは”習うより慣れろ”で書いている」という評を見つけました。

だから良い悪いということではなく,素朴なご意見として拝見したわけですが,この方はよく読み取られているなという印象です。”習う”に重点を置くと,サンプルからはみ出していく応用力がつきません。”慣れる”というのはわからいことや詰まったときに動じない強さや応用力を持てます。

何かが起きる。
「よくあることだ」と思える人は冷静に対処ができる。
「マニュアルには載ってなかった」と思う人はパニックになる。

地震が多い地区の人は地震になれているから震度4では動じない。地震の少ないところに住む人は震度4はおおごとだと思う。この差は大きいです。

そして慣れと同時に”知識”も大切です。地震になったら何をするっていう予備知識があれば,たとえば机の下に隠れるし,コンロの火も消せます。ドアが歪んで開かなくなる前に開けに行くこともできます。慣れて動じないだけで初期対応を知識として持っていなければ,今度は油断しているだけの人になっちゃう。

園田という男は,なぜ火を消すのか,ドアを開けるのかについての理由をことこまかく説明したがります。こういうところが簡潔明瞭に書けない。リストだけでいいでしょってのができないんですね。それでついつい話が膨らむ。だけど膨らませたことで,話を印象的に覚えていてもらえるなら,とっさの時に思い出せるかなとも思う。

たまたま大きな地震の時にトイレに座っていたんだけど,トイレは面積あたりの柱が一番多くて地震に強い場所だったと後になって知ったとか。だけどこのまま流さないで逃げるのも,ちょっと失礼かなとか思ったりとか。ここで天井落ちてきて死んじゃったらパンツ下ろしたままでかっこわるいなあ,だけど拭かないとパンツはけないなあとか。

話が大きく逸脱している気がするけど,地震になったときにパンツ思い出してくれたら,トイレに逃げ込めるかもしんないわけです。逃げ込んだんであって,用を足していたわけではないから,これならもし大けがして救い出されてもパンツはいてるし恥ずかしくないぜ!みたいな。

暗記型で簡潔なリストにしていても,とっさの時には出てこないもんです。無駄に見えることが極限の状態だからこそ記憶として滲むんですね。それがくだらなきゃくだらないほど,追い込まれた状況なんだけど笑える。笑えるってのは大切なんですよ。笑顔があれば自分だけでなく周りも不安にならない。

与えられるマニュアルに沿っただけの教育に慣れきっていると,教科書の外に書かれていること―そりゃ書かれてないってことだろと―が想像できなくなります。思い出してもみてくださいよ。中学で学んだことで今になって思い出せるのは,教科書の文面よりも,先生の無駄に見えた話じゃないですか。無駄から学ぶことは多く,そして記憶に残るものです。

そういう物書きでいたいんですね。
異端で結構。
破綻してても結構。

残念ながら天才じゃないので,頂点からはものが言えない。
賞状とかもらえないタイプ。
1学期や2学期の学級委員じゃなくて3学期の学級委員。

ということで日経ソフトウエアのPart4書きます。

4本目はセカンドライフ

ITproで4本目の連載が始まりました。
「セカンドライフ」です。

3Dゲームなので要求スペックが高くて,誰でも気軽に始められるというものでもなかったりするんですけど,気が向いたらやってみてください。始めるだけなら無料です。

mixiなんかもとりあえず噂になってるしやってみるかあ,みたいな感じでしたしさ,セカンドライフってのも覗いておくのは悪くないような気がします。

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